1983年頃  また、FORTRANの季節がやってきた。今度は、77(なななな)。先生のこれは「すばらしい言語だ!」の言葉に「今度こそ心を入れ替えてがんばろう」と思った。しかし、思うことなど簡単かんたん。結果はご想像の通り。この頃は、さすがに「貸して!」の言葉に、「卒論あるのに大丈夫」と心配していただく言葉が返ってきた。私は、密かに卒論も「DUP様」が解決してくれるのではないかと蜂蜜よりも甘い期待をしていたので、「その時もどうぞよろしく!」と可愛く愛想をまいていた。たしかな記憶ではないが、呆れられてたように記憶している。コンピュータはやはり、NECの大型。そういえば、結構広いコンピュータルームの近くの狭いシステム室だったか...そこで卒業生が数台のオンライン端末を操作して卒論をやってた記憶がある。顔色も悪かったと思う。その横で、カードリーダーにDUPしたカードを読ませていた。このカードリーダーが結構くせ者的存在になっていた。というのもよく詰まるようになっていたのである。詰まるとそのカードはボロボロになって使えない!その時はさすがに、人に頼めず、ボロボロになったカードを見ながらパン チした。その状況で、人に「貸して」と言える度胸はさすがに無かったのだろう。ちなみに、狭い部屋にいたのは、コンピュータを管理している人で、まさか卒論にそんなことをするとは夢にも思っていなかった。全くの呑気者。
 この頃、NECの8001を買った先輩が居て、自慢げに話していた。羨ましかったが、どうも話をよく聞くと、使い方がいまいちよくわからないようだ。その先輩はいい人であった。あか抜けたような抜けないような...人で、六本木とかにも連れていってくれた。基本的には真面目な方なのであるが、ちょっと変わったところもあった。今は就職直後から海外を転々としている。話がそれたのでこのへんで。