| 1984年頃(後編) | さて、待ちに待った?勉強会が始まった。輪講室の中には、我々3人(4人居たが、始まる前に一人はあきらめた)と教授と助手、そして他の研究室からも勉強したいと助手が一人参加した。6人。LISPとはコンピュータ言語の名前とその時知った。「また、DUPのお世話か!と思っていたが、よく考えたらこの6人の中にパンチカードを貸してくれる人が居るわけ無い!しまった!でもまあ、バイトの成果を出せば...その前にプログラムを書かないと行けない!どうしよう...」と始まった瞬間冷や汗が背中を流れるのを感じた。初日の概略では、人工知能とはなんぞやということであったが、「なんだか人が考えるのを手助けするコンピュータ」ということ...?その発展した形になると人の代わりに考えて問題解決をしてくれるコンピュータあるいはシステムを実現するための研究だそうだ。なんだ、私は、DUPを代わりにやってくれるコンピュータの方が役に立つのだがと思ったが、さすがに口には出せなかった。当たり前である。 暫く本を読んだり先生の話を聞いていると、もしかして私は先輩にだまされたのではないかという気がしてきた。なぜか先生の言葉に力が入っている。えらく調子がいい。やる気満々なのである。先輩の「楽勝」の言葉がどうなるのか!と思いつつ、さっぱり意味が分からないまま。時間が過ぎていった。初日は、だまされたのかどうかに神経が集中し、余り理解が出来なかったようだ。最後にそれじゃ次までに、ここまで呼んできて、この問題を考えてくることにしましょう。「え〜!それって予習と問題練習ってこと!?ちょっと何か違うんじゃない?楽勝じゃないの?」頭の中がぐちゃぐちゃになった。でも、ちょっとおもしろそうと思った。これが間違いの始まりか、これが良かったのか今でも何とも答えがたい。最後に、助手が笑いながら、「こりゃ大変だ。君ら、大変なところに来たな。途中で辞めたり、来年研究室を選ぶとき他へ行くなよ!」と言っていた。いろんな意味にとれたが、ようするに「はまったね!」と言いたかったのだろう。(私もちょっとそう思った。) アパートに帰って「少しくらい勉強しないとどうにもならなくなる。こりゃ意地でもなんとかしないと大変な事になる!助手の笑いに負けてためるか」なんて思いこみ、本をおそるおそる開いてみた。CAR(かー)とかCDR(くだー)とか入れ子がどうのとか、まさに、呪文である。予習!?読んでおくだけでもがんばるか!...しかし、わからない。問題。ふつうこんな本であれば、一番後ろに答えが出てるもんである。えっ!答えのない問題もあるやんか!しかも、答えがあってもなんでそうなるのか全然わからん。頭の中が真っ白になった。しかし、なんとしても、やってやる...そして、どんどん読んでいった(ただ字を追っているだけ)。気がついたときには、寝ていた。おお、これは寝れないときに丁度いい。なんて、馬鹿なことをいっている場合ではない。翻訳してある本なので日本語の意味の分からないところもあり、結構このころから寝付きが良くなった。しかし、問題は解けなかった。そーしてたら、第2回目が回ってきた。 もう、教授の独壇場である。そりゃそうである。自分はアメリカで勉強してきたんだからわかる!我々は日本語訳がむちゃくちゃな本が頼りの「あわれな子羊」なのである。したがって、本は読むが質問さえできない。でも、なんとかしなければ!と訳の分からない質問をする。驚いたのはそのような質問でさえ的確に答えてくれる。「さすが教授ともなると違う!」とこのとき偉大さを感じたのを憶えている。そんなこんなで、なんとか過ぎていった。 途中で、実際コンピュータで動かしてみないとイメージがわかないということになった。情報処理棟(なんて名前か憶えてない)にある大型コンピュータ(そうです、あのN?Cの大型コンピュータ)に Standard LISP がインストールされているという話になった。当時管理していた助手(?)がタイミング良くインストールしていたらしい。なんとなく興味しんしんで、端末をたたいてみることになる。プログラムなんてものはまだかけないのでとりあえず、(前述の)CARやCDRがどんなものかやってみる。なるほど、そうなのか!の言葉の裏には、「だからいったいなんなんでしょうか!」という気持ちがあったと思う。端末では、DUP様が使えないというのが、わかっちゃいるけど気持ちのなかに残っていたことも要因のひとつだと思う。LISPもパンチカードでできればいいのに...なんて。(何もわかってなかったわけだ。) この頃から、書籍代が増えた。なんせ、「人工知能」「知識工学」「認知科学」「LISP」と名の付く本が出版されてきたせいもあるが、次から次に買って読んでいた。また驚くべきことに、(慣れてきたせいか)眠気を催さなくなってきていた。しかし、「こりゃえいことになった。ホントにこんな研究をやるのか!?」と読めば読むほど心配になってきた。(本当はちょっとワクワクしていた。心配するほど物事を深く考えない性格がよかった。) そんなことをしているうちに時は過ぎていった。 |