1988年頃  半蔵門のとある場所で、入社式があった。この時の入社式での社長の話は、いきなり「将来も同じ物を作っているとは限らない。 その時代に合った物を提供するのが会社である」という話を聞かされた。そうかこの会社は、昔肉の秤を作っていたのか...世の中わからない ものだな!が第一印象であった。ふつう、会社訪問の前にこのくらいのことは調べておくのだろうが、私にとっては、すべての話が、このとき 新鮮であった。ロビーでの休憩中に知り合いが一人も居ないので、つい私は、近くの自販機でたばこを買い「火をいいですか」といってライターを 借りた。きっかけはともあれ、とりあえず人(同期)と話がしたかった。これで半年間の禁煙がもろくも崩れたのである。 この会社の新入社員研修は、すごかった。ここまでお金をかけて大丈夫なんだろうかというくらいすごかった。内容も濃いが、いうこともすごい。 これだけ賭けられると言うことは、ここで、生き残れなかったら、明日は無いということだろうなと感じるくらいであった。最初の研修は、営業だろうが 開発だろうが一緒である。会社員としての基礎がたたき込まれる。当然テストもある。皆必死であったようだ。しかし、500人の新入社員を組に分けて やるので、同じ組になり、そのなかでも同じ班になったものの連帯意識が自然と生まれてくる。会社を去った今でも年賀状のやりとりがある。開発2人、 営業1人、SE1人(女性)という構成であったが、この班にはこの年の一大名物男が居た。しかも、光栄な事に、私の隣の席であった。なにが名物という かというと、とても私の口から言えない。まあ、後に出ることになろう。 それはともかく、この研修の最後に営業研修がある。営業所で営業実習をしてくる。といってもサポート(使いっ走り)。 某金融関係の担当営業部門に送り込まれて、まず「得意なことは?」と聞かれ、「研修中ですので、お役に立てることでは、せいぜいキーパンチの早いこと ぐらいです」と伝えると、電話番とワープロ要因+書類の配送係りに任命された。これだけでも私にとっては、最前線の事なので、緊張の毎日であった。 よく、飲みにも連れていっていただいた。ここでお世話になった方々には、非常に感謝している。ものすごい経験をさせていただいた。他の部署についていた 新入社員の話を聞くと、天地の差である。だいたい、銭にならない新入社員には、危なくて仕事なんかさせられないものである。他の人は、新聞の切り抜きを 毎日毎日していた人がほとんどであった。どっちがいいかはわからない。 ... 
結構ハードな研修?中は、さすがにコンピュータ会社なので自前のコンピュータとソフト(JWPだったか?よく覚えていない)を使わされた。当たり前のことではあるが、論文等を一太郎と花子で作成していた私にとって少々苦痛であった。問題点をあげるときりがないが、「ここで慣れておかないと後のこともあるし...」とけなげに我慢をしていた。
ところが、ある2泊3日のカンズメでの会議の時、ばんばん打ちたくても反応が遅くて資料の作成がままならない。このころから、コンピュータは速くないと話にならないという思いこみが生まれた。5550が9801に勝つのは、とおい未来の話だ!と感じていた。ホストの端末の範疇で考えれば別なのだろうと勝手に考えても居た。