| 1991年頃 | 入社4年目ともなると、結構言いたい放題になってくる。 実は、この年DOS/Vが出た。(ちがったかな?)なんせ、いろんな部門から人を出して、お得意さまの店頭サポートおよび拡販をし、お客様から生の意見を頂いて帰る。という部隊の編成があった。北は、北海道から南は九州・沖縄まで。広島の大手電気屋さんに行ければ、地元だし里帰りの旅費が浮くな。くらいに思っていた。全体の各部署から人が集まるので、結構な数に上っていた。中には、コンピュータのことが全然わからん!という人までいた。結局私は、秋葉原のザ・○○○○ー○ー館に各週で行くことになった。ここは、お客が多い。しかも、おたく系も多い。DOS/V&Windows3.1が98の牙城を崩す。そう信じてがんばってこいということであった。今でこそDOS/Vが当たり前であるが、当時は出たばっかり。教育を受けていってはいるが、秋葉原らしくお客様の方がよくご存じ!ってことも度々あった。なかでも、極めつけなのが、(おそらくソフト会社の方と思うが)、私に1時間半近く立ったまま説教じみたご指導をした方があった。さすがに最後はぼーっとしてきた。が、さすがに、ぼーっとしてるのが解ったらしく、今いったことホントにわかった?ちゃんと報告してくれよ?どうせ、聞いちゃいないんだろうけど。....なぜだか、私の頭は冴えていた。言われたことをまとめて繰り返し述べ、以上の5点を必ず報告します、と伝えた。すると、相手の方は、少しヒックとしたが、どうせ伝えるだけで結果は一緒だろうけど...と捨てぜりふを残して帰られた。なんだかちょっと寂しい気もしたが、ソフト会社の方の苦労を聞けた1.5時間であり、私の為になった。 そういえば、当初希望していた職種で無かったことにもそろそろ諦めがついてくる時期であった。大学時代の研究は、一体なんだったんだ!なんて全然どうでもよくなってくる。それまでは、気持ちの中では、なんか有効に使えないかと(多少は)割り切れないこともあった。大企業は、有用な人材がゴロゴロしている。似たような研究をしてた人も沢山入社している。英語の嫌いな私が、TOEICで何とか6?5点とっても、700点台なんてゴロゴロしている。あと5点で満点なんて人もいる。....う〜ん。同じ土俵で勝負しても勝てん。なんて思っていると、突然上司から、○○さん(←私のこと)は、入社したときから開発のほうの希望だったよね。どうかな!開発の方に話があるんだけど行く?...事業計画、企画、プランニングと言われる間接部門の経費を削減しようという動きから、人を減らすように指示が来たんだろうなと想像した。まぁ、私にとっては願ってもないチャンスかもしれない。ソフト開発の部門とその隣の部門があったが、何故か前者は余り薦められなかった。この件では今でも当時の上司に感謝している。人を見る目があったのだろう。なんといってもソフト開発は暗い...怒られるかもしれないけど、仕事の性質上しょうがない。私が行ってもケツを割るのは目に見えている。...ということで、隣の部門に転属になることになった。そこは、明るい。上司からして、ま〜!明るい。一緒に飲みに、カラオケに、旅行にといろいろお世話になった。しかし、配属されても、すぐには、仕事がない。他のソフト会社が持ってくるベータ版のアセスメントくらいである。しかも、しょっちゅうあるわけではない。しかし、前の仕事の絡みで(自分としては引継を終わらせたつもりであったが)そちらのサーポートが続いた。結構続いた。私が居なくなったおかげで、大変な思いをしているとわざわざ年賀状にも書いて送って来ていただいた。今頃どうしてるんだろうか?!と毎日気になっていた。前の部署でも非常に人に恵まれてかわいがって頂いたが、今度の部署は若い人が多くて、平均年齢が自分くらいなのがうれしかった。前の部署から持ってきていたスーパーマシンも徐々に陳腐化してくる。まぁ、そこはいつもの手段で、ちょっとづつ(相変わらず)改良が加えられていた。周りの人もあきれていたと思う。まぁ、テストのためだ。決まり文句。そうこうしているうちに、正式な仕事が舞い込んできた。といってもさっぱり方法が解らないので、指南役がついた。人妻。めっぽう明るい。ホントに恵まれていた。なんとか御指南頂きながら、部内での発表会がいきなり開催された。営業から何本売るという数字ももらっていたので後には引けない。けれど、ホントに売れるんかな?と正直なところ心配を抱えての話になった。たどたどしく、発表が終わると質疑応答。部署を換わってきたばっかりだし、緩めといてやろうという雰囲気の中、偉い人がいきなり質問してきた。え〜、そんなんわからん。まじめな私は、勉強して後日お答えに参ります、と(気がつけば)言っていた。終わった後、皆さんが、微笑みかけてくれた。しかし、直属の上司からは、ああ言ったんだから早めに説明に行けよ!と言われ、あの一言の重大さと自分の不勉強さにちょっと落ち込んだ。次の日に説明に行くと、さすがに偉い人だけある、私よりも詳しく説明してくれた。参りました。 なんだかんだで、発売になった。何本売れたか解る仕組みになっているので、毎日調べた。う〜ん。売れない。もっと行くはずという思いと、想像通りという思いと、なんともいえなかったが、つらい。が、何の拍子かポンとまとまって売れた。しかし、それが最後であった。マーケットは正直である。それにしても、営業も何本売るって言ったんだから売れよな、と少しはぶてた。相変わらず、ソフトのアセスと他人のサポートに明け暮れる毎日であった。 |